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福岡地方裁判所久留米支部 平成5年(ワ)323号 判決 1999年9月10日

原告兼亡甲野夏子訴訟承継人

甲野太郎

甲野春子

右原告ら訴訟代理人弁護士

八尋光秀

浦田秀徳

山崎吉男

被告

医療法人×××会

右代表者理事長

乙山次郎

右訴訟代理人弁護士

大石昌彦

右訴訟復代理人弁護士

大脇久和

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金三三四三万九三三一円、原告甲野春子に対し、金三三四五万一〇二一円及び右各金員に対する平成三年九月一五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その五を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告甲野太郎及び同甲野春子に対して、各八六三三万一五九七円及び右各金員に対する平成三年九月一五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が設置する○○○病院(以下「被告病院」という。)で、原告春子が夏子を出産したところ、夏子が新生児仮死状態で出生、重篤な脳性麻痺となり、その後脳性麻痺が原因で死亡したことについて、夏子が脳性麻痺となったのは被告担当医の不注意によるものであると主張して、夏子の両親である原告らが被告病院の設置者である被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償を求めている事案である。

第三  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲七、一一、一二、乙一の1ないし21、三の1ないし16、七、八、証人丙川、原告春子、同太郎)によって容易に認定できる。

一  当事者

原告太郎及び同春子は、夏子の両親である。夏子は、二卵性双生児の第二子として、平成三年九月一五日出生した(第一子秋子は同月一〇日出生。)。

被告は、○○○病院を設置する医療法人であり、丙川三郎医師は夏子出生当時被告の被用者であった。

二  事実経過

1  被告病院への入院

原告春子は、平成三年二月、福岡市内の産婦人科を受診したところ、妊娠しており、分娩予定日は同年一〇月二三日であると診断された。

原告春子は、同年八月八日、実家に里帰りしていた際、唐津赤十字病院で診察を受けたところ、双胎妊娠、切迫早産、子宮筋腫合併妊娠と診断され、同病院に入院することとなった。

原告春子は、同月三一日には、前記の他、妊娠中毒症とも診断され、さらに高位破水も認められたため、被告病院での診療が適切であると判断され、被告病院に転院することとなった。

入院時、産婦人科の丙川医師が診察したところ、高位破水が確認できなかったため、ウテメリン(子宮収縮抑制剤)を投与して分娩の進行を抑制することとなった。

2  第一子秋子の出産

丙川医師は、同年九月九日早朝、原告春子に羊水の流出を認めたため、午前八時二〇分、ウテメリンの投与を中止した。

丙川医師が同月一〇日正午ころ内診したところ、血性分泌物があり、子宮口開大も進展していたため、午後二時一五分ころ、原告春子は分娩室に搬送された。そして、原告春子は、午後九時三六分、第一子秋子を経膣分娩で出産した。

丙川医師は、第二子の分娩については、分娩を遅らせることとし、ウテメリンを投与した。

3  第二子夏子の分娩

原告春子は、同月一五日午前三時ころ、陣痛が始まった。そして、午前九時四三分、原告夏子を出産した。夏子は、出生時、二度の新生児仮死状態であり、そのため重篤な脳性麻痺となった。

4  夏子の死亡

第四  原告らの主張(請求原因)

一  被告担当医の過失

1  帝王切開術の懈怠

(一) 回旋異常

前方前頭位とは、児頭の前方屈曲が行われず、その結果大泉門が先進して分娩するもので、分娩経過として回旋が停滞するなどの分娩遷延を招き、分娩外傷や仮死が多いとされ、回旋異常の一つとされている。予後としては、児には仮死や分娩外傷の発生が多いとされている。

(二) 胎児仮死

胎児仮死とは、胎児、骨盤等における呼吸、循環不全を主徴とする症候群であり、症状として、胎児心拍数と陣痛との相関関係を示す、いわゆる分娩監視装置モニター記録のパターンにより判定される。胎児仮死の兆候がみられたら、酸素投与など回復措置を講じながら、なお胎児心拍数に改善がみられず、胎児仮死徴候が持続する場合には帝王切開を含む急速分娩を行うこととされている。

(三) 本件の経緯

本件では、原告春子は、平成三年九月一五日午前八時三分、人工破膜をして羊水混濁を確認、分娩監視装置のモニターでは、午前八時一五分には一過性の徐脈がみられ、酸素を投与するに至っている。しかしその後も陣痛曲線に対する胎児心拍の反応が鈍く、徐脈からの立ち直りも悪いなど、胎児心拍数の異常が改善されないまま、午前八時三五分、子宮口全開を迎えている。子宮口全開後は、分娩監視装置上、胎児仮死のパターンを如実に示している。

したがって、本件では、午前八時三五分過ぎから、本件新生児仮死の原因となった胎児仮死が持続していたことが明らかであり、胎児仮死の回復が得られなかった以上、急速分娩の適応があった。

(四) 急速分娩の方法の選択

クリステレル(圧出法)は、危険であると指摘され、現在では安全な方法とは認められていない。殊に、前方前頭位という回旋異常があり、その上第二回旋が停滞していた状態で、クリステレルを用いるのは危険である。また、クリステレルを行っても胎児に動きがないときには、クリステレルを中止しなければならない。

また、被告病院及び丙川医師は、鉗子分娩を用いておらず、前方前頭位では吸引分娩も施行しない方針であった。

したがって、前方前頭位であった夏子の分娩では、丙川医師が選択しうる分娩方法としては、帝王切開術しかなかった。

(五) 丙川医師の診療

以上のように、丙川医師は、同日午前八時三五分の時点では、急速分娩を選択しなければならなかった。そして、丙川医師は、急速分娩としては、前述した事情から、帝王切開を選択しなければならなかった。

しかるに、丙川医師は、帝王切開をせず、クリステレルを行っても胎児に動きがなかったにもかかわらず、漫然クリステレルを繰り返した。

2  第一子分娩後第二子分娩を中止した過失

双胎の場合、第一子娩出後は母子ともに危険があるので、引き続き第二子を娩出させなければならない。これは、第一子が分娩した後は、胎盤早期剥離が生じやすく、母体内の感染の危険性も高くなるからである。

しかるに、丙川医師は、第一子分娩後、合理的な理由がないにもかかわらず、第二子の分娩を中止した。

また、第一子に呼吸窮迫症候群の疑いがあるとの理由で第二子の分娩を中止する場合には、分娩を中止する利点とその危険性等を原告らに説明しなければならない。しかるに、丙川医師は、右説明も怠った。

二  因果関係

夏子の脳性麻痺は、胎児仮死を起因とする出生後の新生児仮死、無酸素脳症、脳室周囲白質軟化症の疾患を経て、生じたものである。丙川医師が帝王切開術を施行しなかったため、あるいは第一子分娩後第二子の娩出を中止した過失により、夏子が胎児仮死に陥り、そして胎児仮死の状態が長時間続くこととなったため、夏子は脳性麻痺となったのである。

三  損害

1  夏子の損害

(一) 逸失利益

五三七〇万七〇七七円

(平成八年度全労働者の平均年収四九五万五三〇〇円、二二歳から六七歳まで就労可能、新ホフマン系数を使用、生活費控除三割を前提として算定。)

(二) 介護費用(一日一万円×一四三五日) 一四三五万円

(三) 入院雑費(一日一五〇〇円×一九六日) 二九万四〇〇〇円

(四) 後遺症慰藉料二四〇〇万円

(五) 死亡慰藉料 三〇〇〇万円

合計 一億二二三五万一〇七七円

(原告らが各二分の一の割合で相続)

2  原告太郎の損害

(一) 夏子の後遺症による慰藉料

五〇〇万円

(二) 夏子のチューブ、吸入器等の代金 八万三九二〇円

(三) 夏子の死亡による慰藉料

一五〇〇万円

(四) 葬儀、仏壇等費用

一七一万円

(五) 弁護士費用 二一七万円

合計 二三九六万三九二〇円

3  原告春子の損害

(一) 夏子の後遺症による慰藉料

五〇〇万円

(二) 面会及び通院交通費

一二九万五六一〇円

(三) 夏子の死亡による慰藉料

一五〇〇万円

(四) 弁護士費用 二一二万円

合計 二三四一万五六一〇円

第五  被告の反論

一  帝王切開術の懈怠について

丙川医師は、平成三年九月一五日午前八時三五分ころ、分娩監視装置の胎児心拍モニターに異常がみられたので、胎児仮死の恐れがあると判断、原告春子に対して帝王切開による娩出を勧めた。しかし、原告春子が強く拒否したため、やむなく経膣分娩による急速分娩の方法を採り、クリステレルにより娩出した。このように、帝王切開については、原告春子本人が拒否したため施行できなかったのであり、医師としてはやむを得ないものであり、結果回避義務は生じない。

また、胎児心拍モニターに変動性一過性徐脈が出現しても、経膣分娩で娩出しても何らの障害も発生しないこともあり、変動性一過性徐脈が出現したからといって帝王切開をしなければならないというものではない。

二  第一子分娩後第二子分娩を中止したことについて

1  過失について

第二子の娩出について、自然娩出を待つか、待機療法をするかの判断の基準は、まず、第一子が呼吸窮迫症候群であるかどうかであるが、第一子が呼吸窮迫症候群であれば第二子もそうである可能性が高い。呼吸窮迫症候群が肺の未熟性を原因とするものであるから、肺の成熟を待つために娩出抑制の方法を採った方がより呼吸窮迫症候群の確立は減少する。他方、子宮内感染の疑いがあれば胎児感染へ移行する危険があり、待機療法をとることは避けなければならない。したがって、自然娩出を待つか待機療法を採るかは、呼吸窮迫症候群の危険と子宮内感染の疑いとの比較対照により、判断されることとなる。

本件では、第一子分娩当時、第一子に呼吸窮迫症候群の疑いがあり、かつ母体内感染の特徴もなかった。したがって、丙川医師は、待機療法を採ることとして、子宮収縮抑制剤を投与したのである。

2  因果関係について

第一子が娩出した同月一〇日から同月一五日に第二子娩出のため人工破膜を行うまでの間、胎児仮死との所見はない。原告春子には、第一子分娩後も、分娩監視装置が装着されていたが、そのモニターの波形には何ら異常はない。

したがって、第一子娩出後第二子の分娩を中止したことと第二子の胎児仮死とは何ら関係がない。

3  説明義務について

本件は、呼吸窮迫症候群の危険と感染特徴の比較という高度な医学的判断を必要とする選択であり、かかる判断は医者の裁量によりなされるものである。また、右判断は、切迫した状況で早急な判断を要するところ、原告らの同意を得て判断することは事実上困難であった。

したがって、本件で、第一子分娩後第二子の分娩を中止するかどうかについて、説明義務は存しないというべきである。

第六  当裁判所の判断

一  事実経過

以下の事実は、証拠(甲三、七、八の2、一一、一二、乙一の1ないし21、二の1ないし12、三の1ないし18、四、五の1ないし3、六の1ないし5、七ないし九、一〇の1ないし3、一一の1ないし7、一二の1ないし8、一三の1ないし11、一四の1ないし3、一五の1ないし7、一六、証人丙川、同A、同木村、同B、同山口、同中島、同水上、同竹若、原告春子、同太郎)により認定できる。

1  被告病院入院に至る経緯

原告春子は、平成三年二月、福岡市内の産婦人科を受診、妊娠していると診断された(分娩予定日は同年一〇月二三日。)。

原告春子は、同年三月、切迫流産のため自宅安静となり、看護婦として勤務していた福岡赤十字病院を退職した。そして、同年四月、双胎及び切迫流産のため浜の町病院に入院、退院後も、同病院に、二週間に一度通院した。

原告春子は、同年八月八日、実家に里帰りしていたときに、唐津日赤病院を受診した。その結果、子宮口開大一センチメートルと診断され、入院することとなった。夏秋医師が、同月三一日診察したところ、高位破水が確認された。そのため、夏秋医師は、ウテメリンを投与するとともに、被告病院での診療が適切であると判断、被告病院へ転院させることとした。

2  被告病院での診療経緯

(一) 入院から第一子分娩まで

原告春子は、平成三年八月三一日、被告病院に入院、丙川医師の診療を受けた。丙川医師は、はっきりとした破水がみられず、妊娠三二週三日と早産であったこともあり、ウテメリンを継続投与して、分娩を抑制することとした。

丙川医師は、同年九月一日、原告春子を診察して、肝機能の数値が上昇しているため、ウテメリンの投与量をこれ以上増やさないこと、陣痛が増せば分娩する方針であることを看護婦に指示した。

丙川医師は、同年九月三日、子宮収縮を抑制する作用があるマグネゾールもあわせて投与することとした。

同月七日午後一〇時四五分ころ、ナースコールがあり、看護婦が原告春子をみたところ、パットが濡れており、BTB検査(羊水流出診断の補助に用いる検査)でも青色に変化するという結果を得た。そこで、当直医であったA医師が、午後一一時二〇分ころ、原告春子を内診したところ、羊水流出、腹緊を認めた。そのため、A医師は、マグネゾールの増量を指示した。

A医師が、同月八日、内診したところ、子宮口開大五センチメートル、展大七〇パーセント、硬度中軟、胎児の高さSPマイナス二、位置は中央という状態であり、羊水は黄白色であった。A医師は、分娩の進行は抑制できないのではないかと考え、原告春子に対して、帝王切開になるかもしれないと伝えた。また、帝王切開術の術前検査を行った。

丙川医師は、同月八日午後三時ころ、骨盤高位で羊水流出が止まっている状況であったので、このまま経過観察すると看護婦に指示した。

丙川医師は、同月九日午後八時二〇分、原告春子を内診して、同月七日に前期破水がみられたことなどを考慮して、子宮収縮抑制剤の投与を中止した。しかし、この日は、陣痛は生じなかった。

(二) 第一子秋子の分娩

丙川医師は、同月一〇日午前八時一〇分、原告春子に出血が少量あり、羊水流出も疑われたことから、原告春子を内診、経過をみることとした。そして、午前八時五〇分から、アトニン(陣痛促進剤)の投与を開始した。

原告春子は、午後六時ころから陣痛が始まり、午後八時四五分ころ、子宮口が全開大となり、午後九時三六分、第一子秋子(出生児の体重一六九〇グラム。胎位、胎向は第一前方後頭位。)を娩出した。秋子の出生一分後のアプガースコアは八点、五分後も八点であった。

(三) 第二子の分娩中止

秋子は、呼吸状態がやや悪く、呼吸窮迫症候群の疑いがあったこと、他に超未熟児の入院予定があり、新生児科の人的、物的態勢に問題があったため、丙川医師は、新生児科C医師と相談した上、第二子の分娩を抑制することとし、午後九時五五分ころから、ウテメリン、マグネゾールの投与を開始した。この時、第二子は、頭位で、胎胞がポワーンとしている状態であった。なお、丙川医師は、会陰切開した部分は縫合した。なお、午後一一時三〇分ころ診察したD医師は、胎児が高位であるので第二子に問題はないと判断している。

(四) 第二子の分娩誘発

丙川医師は、翌一一日、秋子が呼吸窮迫症候群ではなかったことが判明、呼吸状態も酸素投与のみで比較的良好であることから、第二子の分娩を抑制する必要はなくなったと判断、分娩を促進することとし、アトニンを投与した。しかし、原告春子に陣痛が生じず、午後七時一〇分の時点で、子宮口開大三センチメートル、児頭下降度SPマイナス三であったことから、丙川医師は分娩誘発を中止して、自然陣痛の発生を待つこととした。なお、この間、第二子の胎児心拍数等に、特に異常はみられなかった。

(五) 第二子夏子の分娩

原告春子は、同月一五日午前三時ころから、陣痛が始まり、午前六時三〇分、分娩室に搬入された。そして、午前七時二〇分ころから、腹緊の間隔が二分毎となった。

丙川医師が、午前八時五分、診察したときには、子宮口が七センチメートル開大しており、大泉門が先進している状態(第一前方前頭位)であった。児頭下降度は、SPマイナス三であった。丙川医師は子宮口開大の進展が遅いこと、子宮収縮が弱かったことなどから、陣痛を促進するため、人工破膜を行い、アトニンの投与を開始した。なお、羊水は淡黄色で、やや羊水混濁がある状態であった。

午前八時七分、胎児に一過性頻脈、徐脈が出現したため、丙川医師は、午前八時一五分、酸素投与を指示するとともに、アトニンの投与を中止した。午前八時三五分、子宮口が全開大となった(なお、分娩経過表の記載では九センチメートルとなっているが、誤記であると思うというB証言、本件では、九センチメートルを全開大とする特段の事情もみられないことから、一〇センチメートルの誤記と認める。)。

丙川医師は、午前八時三五分ころ、二、三回クリステレルを試みたが、回旋異常(第一前方前頭位)があったため、児頭が下降せず、そのためしばらく児頭が下降するのを待機することとした。そして、午前九時二〇ないし三〇分ころ、児頭が下降したため(SPプラスマイナスゼロ)、再度クリステレルを行った。そして、原告春子は、午前九時四三分、第二子夏子を娩出した。夏子は、出生一分後のアプガースコアが一点、同五分後が二点、挿管一五分後が六点という状態で、二度の仮死状態であった。

(六) 第二子の胎児心拍数について

分娩時の第二子の胎児心拍数であるが、分娩監視装置の記録(同記録記載の時間は約七分遅れている。)によると、午前八時七分ころから、頻脈、徐脈が現われたが、その後酸素投与が行われたため、頻脈、徐脈は消失した。しかし、午前八時二七分ころから再び頻脈、徐脈が出現、以後出産に至るまでその状態が継続した(乙六の4)。

丙川医師は、子宮口が全開大となった午前八時三五分ころの徐脈は、変動一過性徐脈であると証言しており、E医師も第二子には変動一過性徐脈がみられると証言している(証人丙川、同E)

3  出生後の夏子の状況

夏子は、出生後、被告病院新生児科で診察を受け、重症新生児仮死、生後四日には、頭蓋内出血、低酸素脳症と診断された。そして、けいれん様動作、筋緊張の低下、刺激反応の低下、モロ反射の消失等の臨床症状がみられたが、四日間にわたる人工換気、二六日間にわたる酸素投与などの処置により、生後一〇日ころから神経症状が改善し、生後五〇日ころには、経口哺乳が可能となった。夏子には、無呼吸発作、貧血の症状もみられたが、輸血により改善された。その後、CT、MRI等の検査により、夏子は、脳室周囲白軟化症、脳波異常と診断された。

夏子は、平成四年三月二八日、被告病院を退院したが、平成八年三月二日、脳性麻痺を原因とする急性呼吸不全のため死亡した。

4  原告春子が帝王切開術を拒否した事実について

丙川医師は、平成三年九月一五日午前八時三五分ころ、原告春子に帝王切開を勧めたが、首を強く横に振って、拒絶されたと証言し、医療記録(乙一の12、七)にも同旨の記載がある。また、被告病院産婦人科の部長であるE医師は、医局にいたところ、丙川医師が入ってきて、「大変なお産があった。帝王切開を勧めたが拒否された。」と言ったので、丙川医師に、右事実をカルテに記載するように指示した旨証言する。

これに対し、原告春子は、「丙川医師が内診していた際、創部痛が耐えきれず姿勢を変えてしまった際、丙川医師から、『そういうことでは診療できないし、ちゃんと産めませんよ。腹切りますか。』と言われ、その意味を、『創部痛が我慢できないのであれば自然分娩はできない。もっと頑張りなさい。』という意味の叱咤激励と受け止め、首を横に振ったことはあった。しかし、丙川医師が帝王切開を勧めたとは思わなかった。」旨供述する。

また、前述したように、A医師は、同月七日、原告春子に羊水流出がみられたことから前期破水と判断、帝王切開の可能性があることを伝えているが、原告春子が帝王切開を嫌がる素振りをしていたとは供述していない。

さらに、医師の診察時には、助産婦は立ち会わなければならず、これは被告病院に勤務する助産婦にも遵守しなければならない義務であると認識されていたところ、第二子夏子の分娩に立ち会った助産婦あるいは看護婦は、誰も、原告春子が帝王切開を拒否した事実は知らないと証言している(証人B、同山口、同中島、同水上、同竹若、同角田)。丙川医師やE医師は、分娩室に助産婦や看護婦がおらず、丙川医師一人になったと供述するが、前述したことからすると、分娩が進行しており、かつ医者が診察している状況下であるにもかかわらず、助産婦が分娩室を離れることは考えがたい。

そして、医師に帝王切開を勧められた産婦が、特に合理的な理由がないのにもかかわらずこれを拒絶することは、通常考えられないばかりか、帝王切開しなければならない状況下で、産婦が帝王切開を拒否した場合、医師としては、帝王切開拒否の理由を詳細に聞いた上、分娩の状況を説明して、帝王切開を再度勧めるのが通常であると考えられるが、丙川医師自身、原告春子から帝王切開拒否の理由を聞いたことはないと供述しており、また帝王切開を勧めたのは一度だけであるとも供述しており、不自然であるといわざるを得ない。

以上のことからすると、原告春子が帝王切開を拒否したと認めることはできない。

二  双胎、異常分娩について

1  双胎について

双胎の分娩では、前、早期破水から早産が多い、児はSFD(不当軽量児)、未熟児が多い、微弱陣痛、胎位異常、臍帯、四肢の脱出のことがある、第一児の娩出が行われると比較的速やかに(五ないし一五分)第二児の胎胞が形成され、続いて三〇ないし四〇分後にこれの娩出が終わるのが常であるが、まれに数日ないし数か月を要することがあるとされる。

児の予後は、早産、妊娠中毒症、羊水過多などで、多胎であるほど児死亡、呼吸障害などが多く、長期予後として脳障害を残すものもある。分娩時の処置は、第一児娩出後一時間以上を経過して、なお分娩が進行しない場合は陣痛を促進し、人工破水を行う、分娩が進行しないときには、吸引娩出、鉗子術を行うとされる(甲一の2)。

2  回旋異常について

回旋異常とは、妊娠、分娩時に胎児が頸推を後方に屈して頤が胸推から離れ、後頭を後方に後退し、児体全体がS字形を示すものをいう。分娩時に反屈位となる原因の一つに、微弱陣痛が挙げられている。分娩は、第一回旋(児頭の前方屈曲)は行われず、反屈が行われ、大泉門が先進する、第二回旋は縦軸回旋であるが、大泉門は斜前方に、小泉門は斜後方に転ずる、第三回旋はまず屈曲回旋を行い、続いてさらに反屈回旋を行う。

前頂位(前頭位)とは、軽度の反屈位であって、骨盤入口で矢状縫合が横径に一致し、大泉門は小泉門とほぼ同高か、または少し低位にある。分娩は後方後頭位と同様に進行し、前頂が前方に向かうが、その後の児頭の前方屈曲(すなわち屈位)が行われず、その結果、前頂(大泉門)が先進して分娩するものをいう。分娩経過は、分娩遷延、頸管開大が遅れるとされ、児の予後は、仮死、分娩外傷の発生が多いとされている。治療としては、母児に危険が現れない限り待機、この間、産婦に児の後頭の存する側を下にして側臥位を取らせる、第二期になってCPD(児頭骨盤不均衡)がなければ陣痛を促す、娩出に近づけば会陰切開を十分に施す、胎児仮死となれば急速分娩を行う。

後方後頭位とは、軽度の胎勢異常(反屈位)を合併した回旋の異常である。矢状縫合が骨盤入口の横径または斜径(まれに縦径)に一致して児頭が骨盤内に進入、後頭が後方に回旋して後方に向かうものである。予後はやはり仮死、分娩外傷の発生をみるとされ、処置としては、母児に危険が迫らない限り待機し、胎児仮死が現われるなど、母児に危険が迫れば急速分娩を行うとされている(甲一の1)。

3  胎児仮死について

胎児仮死とは、胎児、胎盤系における呼吸、循環不全を主徴とする症候群をいう。症状としては、胎児心拍数の異常(毎分一二〇以下あるいは一六〇以上)、頭位であるにもかかわらず羊水混濁が出現していること、産瘤の急な増大、激しい胎動がある。

胎児仮死は、胎児心拍数で診断され、Honの基準によると、早発一過性徐脈(子宮収縮と同期して起こる徐脈)は良好なパターン、遅発一過性徐脈(陣痛発作開始時点より遅れて発現した徐脈)は警戒を要するパターン、変動一過性徐脈(陣痛発作開始時点から開始する徐脈で、陣痛発作が消失してもなお徐脈が続いているもの)は、臍帯圧迫が疑われる危険なパターンであるとされる。また、Barciaの基準によると、陣痛間歇期もなお徐脈が持続する場合(typeⅡdip)は、強い子宮収縮、母体低血圧、臍帯巻絡、子宮胎盤循環不全によるものと考えられ、胎児仮死の徴候であるとされる。

胎児仮死の兆候が診られた場合には、母体の体位変換、酸素投与等を行い、胎児心拍数が持続して不良で、胎児仮死が明らかである場合には、急速分娩を行う(甲一の3)。

4  急速分娩について

急速分娩には、吸引分娩術、鉗子遂娩術、帝王切開術が挙げられる。

吸引分娩術は、母体側に、微弱陣痛、分娩第二期遷延、胎児側に回旋異常、胎児仮死等があれば適応があるとされる。

鉗子遂娩術は、児頭が鉗子適位にある、子宮口が全開大している、児頭が一定の大きさと硬度を有している等の状態であれば適応があるとされる。吸引分娩術と鉗子遂娩術を比較すると、吸引分娩は、児頭の回旋を矯正することが比較的容易である、微弱陣痛、微弱腹圧等によって分娩第二期が遷延しているときに会陰切開と併用すればはなはだ効果的であることなどが長所とされるが、反面、頭血腫、帽状腱膜下出血、頭蓋内出血を生じやすく、また未熟児が予想される場合には避けた方がよいとされる。

帝王切開の胎児側適応については、胎児仮死など胎児に危険が迫るか、または必ず迫るに至る場合、しかも子宮口全開大に至らないとき、胎児仮死、回旋異常での分娩遷延等が挙げられる(甲一の4)。

5  クリステレル(圧出法)について

クリステレルとは縦位において児体先進部が既に深く骨盤内に侵入しているとき、全身衰弱、微弱陣痛、腹圧不全等により分娩経過が進捗せず、母胎又は胎児に危険をきたしたときに応用するものであり、術者は仰臥する産婦の一側に立ち、顔を産婦の足に向け、両手を子宮底に当て、陣痛発作に乗じて胎児を骨盤内に圧迫するものである。この操作を五ないし一〇回試みて無効ならば中止する(甲二)。

なお、クリステレルについては、危険が伴うので現在は行われていないと記載している文献もあるが(甲二)、丙川医師、A医師、B助産婦は、クリステレルは被告病院では一般に行われており、他の病院でも一般に行われている、また、A医師は、クリステレルは胎位が高い場合に児頭を嵌入させたりするのに有効であるとも供述しており、右文献の記載は少なくとも現在クリステレルが行われていないという点で誤りである。本件では、クリステレルについて他に証拠はないから、クリステレルを行ってはならないとまでは認められない。

6  医師の注意義務

以上のことからすると、回旋異常がみられた場合には、分娩が遷延することがあると認められる。

そして、胎児心拍数に異常がみられ、変動一過性徐脈が消失しない場合には、急速分娩を行わなければならないと解される。

三  原告らの主張の検討

1  帝王切開術について

先に認定したとおり、第二子には、平成三年九月一五日午前八時七分ころから頻脈、徐脈がみられ、その後酸素投与により頻脈、徐脈は消失したものの、午前八時二七分ころから再度頻脈、徐脈が出現、午前八時三五分ころには、変動一過性徐脈がみられるようになったというのである。そして、回旋異常(第一前方頭位)も認められた。

また、丙川医師は、午前八時三五分ころ、クリステレルを試みたが、児頭は下降せず、分娩は進行しなかった。回旋異常についても、改善しなかった。回旋異常(前方前頭位)がみられた場合には、先に認定したとおり、分娩が遷延することが予想された。母体の状態としても、五日前に第一子を娩出したばかりで、いきみが上手に入らない状態であった。

以上のことからすると、丙川医師は、酸素投与をしたにもかかわらず、変動一過性徐脈が出現、クリステレルを行っても、回旋異常が改善せず、児頭も下降しなかった段階で、クリステレル以外の急速分娩を検討すべきであったというべきである。

そして、被告病院あるいは丙川医師の方針としては、紺子遂娩術は行っていなかった。吸引分娩術についても、第一前方前頭位の場合には行っていないというのであるから(前述したように、第一前方前頭位では大泉門が先進していることや、吸引分娩術には、頭血腫、頭蓋内出血等を生じやすいという危険性があることからすると、丙川医師の右判断は合理的なものであるということができる。)、クリステレル以外に採りうる急速分娩術としては、帝王切開術しかなったということになる。

したがって、丙川医師は、酸素投与を行ったにもかかわらず変動一過性徐脈が出現し、クリステレルを行っても回旋異常が改善せず、かつ児頭も下降しなかった午前八時四〇分ころの時点において、帝王切開術を行うべきであると判断して、帝王切開術を行わなければならない義務があるにもかかわらず、これを怠った過失があるといわざるを得ない。

なお、原告春子が帝王切開を拒否した事実が認められないことは前述したとおりである。

また、第一子を分娩して間がなく、体力が落ちていたという点も、いきみが上手に入らず胎児が下降しなかったことは、丙川医師や原告春子が認めているところであり、経膣分娩についても時間がかかることが予想される危険性があったというべきであり、帝王切開の危険性としてのみ評価することはできない。

さらに、帝王切開術の適応として、子宮口全開大前であることは、先に認定したとおりであるが、本件では児頭が下降していない状態であり、回旋異常があるため分娩が遷延することが予想され、他に取りうる急速分娩術もなかったのであるから、子宮口が全開大であったことは右判断を左右するものではないというべきである。

2  因果関係

丙川医師が、午前八時四〇分ころ、帝王切開術を行っていれば、夏子の胎児仮死状態が長く続くことはなく、新生児仮死状態で出生して重篤な脳性麻痺となることはなかったのであるから、丙川医師の右過失と夏子の死亡との間には、相当因果関係があるというべきである。

3  損害

(一) 夏子の損害

(1) 逸失利益二二四四万六〇二二円

(平成八年度の全労働者の平均収入四九五万五三〇〇円を基礎として、一八歳から六七歳まで就労可能、ライプニッツ係数を使用、生活費控除四割を前提として算定。495万5300円×(19.2390−11.6895)×0.6=2244万6022円。)

(2) 介護費用 八六一万円

夏子の後遺症の程度、原告や夏子の生活状況等からすると、本件と相当因果関係のある介護費用は、一日六〇〇〇円であると認められる(一日六〇〇〇円×一四三五日=八六一万円)。

(3) 入院雑費 二五万四八〇〇円

入院雑費は、一日あたり一三〇〇円を相当額と認める(一日一三〇〇円×一九六日=二五万四八〇〇円)。

(4) 後遺症、死亡慰藉料

二三〇〇万円

本件により夏子は脳性麻痺等の重い後遺症を負い、その後脳性麻痺を原因とする呼吸不全で死亡するに至った。その他本件記録から認められる一切の事情を考慮すると、夏子の後遺症、死亡慰藉料は二三〇〇万円が相当であると認める。

そして、原告らは、夏子の損害(合計五四三一万〇八二二円)を各二分の一の割合(二七一五万五四一一円)で相続した。

(二) 原告太郎の損害

(1) 夏子の後遺症、死亡による慰藉料 二〇〇万円

夏子が重い後遺症を負い、その後死亡するに至ったこと、その他本件記録から認められる一切の事情と、夏子に別途慰藉料を認めていることをあわせ考慮すると、原告太郎の精神的苦痛を慰藉するには、二〇〇万円が相当であると認める。

(2) 吸入器、チューブ代

八万三九二〇円

弁論の全趣旨によると、夏子を介護する際、右吸入器、チューブ代を要したことが認められる。

(3) 葬儀等費用 一二〇万円

葬儀等費用のうち、本件と相当因果関係のある損害は一二〇万円であると認められる。

(三) 原告春子の損害

(1) 夏子の後遺症、死亡による慰藉料 二〇〇万円

夏子が重い後遺症を負い、その後死亡するに至ったこと、その他本件記録から認められる一切の事情と、夏子に別途慰藉料を認めていることをあわせ考慮すると、原告春子の精神的苦痛を慰藉するには、二〇〇万円が相当であると認める。

(2) 面会、通院交通費

一二九万五六一〇円

弁論の全趣旨によると、原告春子は、夏子が入院していた際、面会のための交通費として、また退院後は通院する際の交通費として、右金額の面会、通院交通費を要したことが認められる。

(四) 弁護士費用 各三〇〇万円

本件事案の内容、訴訟経過等からすると、本件と相当因果関係のある弁護士費用は、原告らにつき、各三〇〇万円であると認められる。

四  結論

したがって、原告らの被告に対する請求は、原告太郎に対して三三四三万九三三一円、原告春子に対して三三四五万一〇二一円及び右各金員に対する不法行為の日(夏子出生の日)である平成三年九月一五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う限度で理由がある。

なお、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないから、これを付さない。

(裁判長裁判官宮良允通 裁判官野田恵司 裁判官鈴嶋晋一)

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